Aqua Light

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2007.12.3  Aqua Light 管理人:水月

鈴井貴之と小説

 WS小説読み終わりました。内容の感想は、おいおい書くとして。

 何故「小説」という表現方法なのか、という点が個人的には凄く引っかかります。
 鈴井さんの夢は「映画を撮ること」だったはず。それは幼い頃から変わらない夢で、演劇の舞台を去るときも「これからは映像の道へ」と言っていたはず。何故、小説なのか。

 「物語」を伝える方法はたくさんある。小説、漫画、ドラマ、映画、演劇などなど。
 それぞれの方法に、それぞれの制約があり、それぞれの良さがある。
 そのなかで、どの方法で伝えるか、というのはかなり重要な問題だと思う。

 小説という方法を選ぶのであれば、それなりの必然性がなければいけない。
 「小説でしか伝えられないものがある」とか「小説でしかできない表現をしたい」とか「自分にとって一番自然な表現方法が小説という形だ」とか。

 幼い頃から映画を撮ることが夢であり、「現場が楽すぃ〜♪」と言っていた鈴井貴之が、小説という表現方法をとる必然性が、どこにあっただろうか。まぁ、読んだ限りでは、はっきり言って、小説というよりは脚本に近いと思った。戯曲というべきか。少なくとも「なるほど、だからこそ今回は小説なのだな」と思うような表現や展開は、私にとってはなかった。だから、もし、何か前向きな意志で、その方法を選んだのであれば、是非その話を聞きたいと思う。
 もし、消極的な理由、受動的な理由、所謂「大人の事情」で小説を書いたのであれば、それは小説家や小説という表現方法を軽んじる行為であり、失礼なことだと思う。願わくば、そうではないことを。

 暗くてゴメン。


 ・・・子トラがお送りしております。(←最近お気に入りの台詞/笑)
[ 18:50:37 2007/12/09 ] | CUE | CM(0) | TB(0)
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